秘宝館提出用 №854

     『わりとヒマな久珂あゆみの一日』



その日の空は晴れていた。

前の日も同じように晴れていたし、その前の日も晴れだった。
さらに前の前の日は少しだけ雲が出ていたけれど、まぁ晴れの範ちゅうに入れても文句は出ないだろう。
天気予報は見てないけれど、きっと明日も晴れるんだろう。
たまには雨やくもりもいいが、やっぱり天気は晴れがいい。
暖かい日差しを浴びながら、ぼんやりと彼女はそう思った。


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共和国大統領のお膝元である大国、FEG。
天へと伸びる超々高層ビル群を避け、中心に位置する政庁城から北へと向かうことしばし。
さわやかな風の吹く草原のなかに、一件の白い家があった。

広いリビングの中央で、ちいさな赤ん坊がぺたんとすわって首をかしげている。
目の前には一冊の本。中には動物の写真が大判で貼られている。
写真と反対のページには、詳しい説明書きがあった。

「こよみー、これはねぇ、ゾウさんだよー」
「大きいんだぜー」
「あー?」

本をはさんで赤ん坊の向かい側にいるのは母親、久珂あゆみとその息子、竜太郎だった。

「はーい、次のページはー? キリンさんでしたー」
「長いんだぜー」
「あーうー?」

情操教育の一環だろうか。二人は赤ん坊、こよみに動物図鑑の読み聞かせをしているようだった。
あゆみは、こよみと視線の高さを合わせるようにうつぶせになり、頬杖をつきながら足をぱたぱたさせていた。
竜太郎はそのとなりで座っている。白い翼を折り畳んで座り込む姿は、まるで巣の中で卵を温める鳥のようにも見えた。

「次はなにかなー。 あ、よけタイガーだー」
「よけるんだぜー」
「きゃー?」

生まれてまだ間もないこよみは、もちろん二人の説明を理解しているわけではないだろうが、なんとも興味深そうに図鑑のページを見つめていた。
目を大きく開けてじー、とよけタイガーの写真に視線を向けている。
ふいに、ぺしぺしと叩き出した。なぜか楽しそう。

「あー!」
「おっとー。 こよみはよけタイガーが好きなのかなー?」
「きゃー!(ぺしぺし)」
「うんうん、今度みんなで動物園に行こうねー」

あゆみはとても嬉しそうに、こよみの頭を優しく撫でた。
そこへ、ちょうど洗い物を終えた晋太郎がキッチンから顔を出す。

「動物園か、楽しそうだね。いつにしようか」
「私はいつでもいいですよ。合わせます」
「動物園ってなんなんだぜ?」
「いろんな動物がいるところ、かな。ライオンとか、パンダとか」
「楽しい?」
「うん。竜太郎もきっと楽しいよ」

そうだね、と同意を示すように晋太郎がうなずく。
動物園ー! と踊り始める竜太郎を見ていると、なんだか楽しい気持ちになってくる。
あゆみはふと、こよみを抱き上げようと思い立った。
目を向けるとこよみは一人で図鑑のページをめくろうと奮戦していた。
どうにかページの端に指をひっかけ、すこしだけ持ち上げる。
そこからなにを思ったか、こよみは思い切り腕を振りあげた。
本のページが、やわらかい指の上を一直線にすべる。
止めようとした時にはすでに遅く、こよみの指先はちいさく傷つき、赤い血がにじんでいた。

「ふ……ぅぇぇぇぇえええええん!!!!」
「きゃー! きゅ、救急箱!バンソーコー!!」
「大丈夫、まかせて」

泣き声を聞いて@@するあゆみに声をかけつつ、晋太郎がすぐにこよみを抱き上げる。
そのまま赤い玉のようになった血液と一緒に、こよみの指を口に含む。
時間にして二、三秒ほどだろうか。
晋太郎の口からでてきた指はすっかり元に戻り、こよみはぴたりと泣きやんだ。

「そっか、治癒術」
「うん。傷跡も残らないしね」

痛かっただろう、がんばったねと晋太郎がこよみをあやす。
涙を笑顔で振り払えるように、こよみを持ち上げる晋太郎。たかいたかーいと腕を伸ばす。
痛みのことなどすかり忘れ、きゃっきゃと嬉しそうにするこよみ。
そんな愛娘の姿を見ながら、ひとまず家中の紙を撤去しなきゃいけないな、と晋太郎はすごくだめな発想を大真面目に検討していた。

たかいたかいに一区切りをつけ、晋太郎がこよみを抱いたままソファにすわると、あゆみが不満そうにしているのが見えた。
なぜか、自分の指を見つめながら眉をひそめている。

「どうしたの?」
「ん……なんでもない」

なんでもありそうな様子で答えるあゆみを見て、晋太郎はすこしだけ考えるように天井を見上げた後、ふいに微笑んで言った。

「好きだよ。あゆみ」
「えー。なんでそこでそうなるかなぁw」

反則ですようー、と言いながら、うれしさとはずかしさで照れ笑いするあゆみ。いそいそと晋太郎のとなりにすわる。
ソファに腰を下ろしたのと同時に、晋太郎はあゆみの頬へ唇をよせた。そのままほっぺにちゅう。
えへーと嬉しそうに笑ってからこてん、と肩にもたれかかった。

「あのね、ちょっとだけ、ほんとうにちょっとだけうらやましいなーって……うん、よし」

あゆみは意を決したように、てや、と人差し指を晋太郎のくちの中へ突っ込んだ。
驚いて目を見開く晋太郎。予想外すぎてリアクションがとれないようだった。
数秒して指を引き抜く。唾液にまみれた指を見て、あゆみはそのままくちに含んだ。お昼に食べた冷製パスタの味がした。
猫妖精の耳はピンと立ち、しっぽはふりふり動いていた。
おもいきり本能(煩悩?)のままに行動したら大変なことになったというか、思ったよりも恥ずかしくて頬が熱くなってしまった。

微妙に気まずくて、そのまま晋太郎の胸に顔をうずめる。
顔が隠れて好都合だった。
どうしたものかと考えていると、晋太郎が頭を撫でるように髪を梳いてくれた。さりさりと当たる爪の感触が心地いい。
目を閉じて、そのまましばらく、優しく触れる指の感触に身をまかせる。微かにせっけんのにおいがした。

「えっと、変なことしてごめんね」
「ううん? 気にしてないよ?」

そう言ってまた、少しだけ考え込むように天井を見てから、晋太郎はあゆみの指先を口づけるように舐めた。 さっきあゆみが舐めていた指だ。
舌の動きが少しだけくすぐったい。
味わうように咀嚼してから、ふと気づいたように晋太郎は言った。

「お昼ご飯の味がするね」
「もお。大好きっ」

なんとなく恥ずかしかったので、思い切り抱きしめてみたりした。
にゃーと鳴きながらすりすりする。

「おれもかあちゃん好きー」
「うん、竜太郎のことも大好きだよー!」

なぜか竜太郎もくっついてきた。 当然のように抱きしめ返す。
家族みんなで抱きしめ合っている姿は、まるでひとかたまりの団子のようだった。
なんとなく心地よかったので、離れるわけでもなく、そのままソファの上でくっついた状態を維持していた。
すると、ずいぶん真剣な表情で晋太郎が言った。

「とりあえず、家にある本を処分しないといけないね」
「どうして?」
「また手を切るかもしれない」
「うーん、そこまで極端にしなくてもいいんじゃないかな。いろいろ不便だと思いますよ」
「こよみに傷が残るよりはいいよ」

決定を覆すつもりはないようだった。
このままでは本どころか、すべての紙という紙が家の中から消えてしまうかもしれない。
あゆみは苦笑しつつ、そんな夫の娘ラブを微笑ましく思った。

そのうちこよみが大きくなって恋人でも連れてきたらどうするつもりなのだろう。
ああ、今から楽しm……もとい、心配だ。
本気で大反対したり、僕より弱い男に娘はやれないね、とか言ってくれたりするのだろうか。
連れてくると決まったらきっと超動揺するに違いない。
もちろん家事も手につかなくて、食器もパリンパリンと割りまくったりするんだろう。
そして連れてくる予定時刻の3時間くらい前からお茶を用意しちゃったりして、ああ、冷めちゃったらよくないよね。入れ直そうとかいいながら急須も落として割っちゃったり、カチコチと時計の音だけが響くリビングで椅子にすわってみたはいいけど、落ち着かなくて2分置きに時計と窓の外を気にしてみたりとかするんだろう。
こよみの結婚式に出席なんてことになったらきっと大泣きするに違いない。
ああ、見たい。すごく見たい。
だれかSSで書いてくれないものだろうか。

そんなことをつれづれと考えながら、ふと見ると晋太郎の
腕の中でこよみはすやすやと寝息をたてていた。
窓から光が差し込んで、気がつけば部屋の中はぽかぽかだった。

「うん、まぁ本の処分はそのうち考えるとして。今日はみんなでおひるねにしましょうっ」
「いや、でも……」
「おれもおひるねー」

晋太郎が声をかけるよりもはやく、あゆみと竜太郎は目を閉じておやすみモードに移行していた。
二人のしあわせそうな顔を見てそれ以上なにも言えず、まぁ、いいかなとつぶやいて彼もまたまぶたを下ろした。

晩ご飯の準備は、起きてからやろうと考えた。


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その日の空は晴れていた。

前の日も同じように晴れていたし、その前の日も晴れだった。
さらに前の前の日は少しだけ雲が出ていたけれど、まぁ晴れの範ちゅうに入れても文句は出ないだろう。
天気予報は見てないけれど、きっと明日も晴れるんだろう。
たまには雨やくもりもいいが、やっぱり天気は晴れがいい。
暖かい日差しを浴びながら、ぼんやりとあゆみはそう思った。

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